プティゴーフル

プティゴーフル

伝統銘菓ゴーフルのパリッとした食感をそのままに、食べやすく、かわいいサイズで仕上げました。
通常のゴーフルと同じくバニラ、ストロベリー、チョコレート、3種類のクリームをご用意しております。

プティゴーフル 12枚(2枚入×6袋)
(12枚(2枚入×6袋))
¥525
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プティゴーフル 24枚(2枚入×12袋)
(24枚(2枚入×12袋))
¥1,050
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プティゴーフル 36枚(2枚入×18袋)
(36枚(2枚入×18袋))
¥1,575
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プティゴーフル 48枚(2枚入×24袋)
(48枚(2枚入×24袋))
¥2,100
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プティゴーフル 72枚(2枚入×36袋)
(72枚(2枚入×36袋))
¥3,150
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プティゴーフルは可愛い名称ですが、昭和はじめに誕生したゴーフルよりは新しいといっても、こちらも誕生から60年近くを経ている、上野風月堂の中でも「ベテラン」のお菓子なのです。ですから親子3代、4代というファンの方々も多く、軽さや口当たりのよさ、品のいい甘さと、大きさもゴーフルの半分ほどの直径で老若男女、皆様に愛される味とサイズになっています。3つの味、1枚ずつ食べてもおやつにちょうどいいボリュームです。

上野風月堂の歴史は、風月堂初代大住喜右衛門が大阪より江戸に下った1747年(延享4年)に始まります。喜右衛門は1751年(宝暦元年)、江戸にて菓子店「大坂屋」を開業、由緒ある諸大名家とのつながりを深く持つようになります。喜右衛門の娘 恂(じゅん)は唐津藩主水野忠光の側室に上がり、後の老中水野忠邦の生母となります。忠邦は、宿下がりとなった母とその婿である二代目大住喜右衛門を菓子司として厚く遇し、大坂屋の菓子はやがて広く評判をよぶこととなりました。

ときの江戸幕府重鎮松平定信公はニ代目大住喜右衛門の人となりを讃え「汝が心事の潔白なるを愛する。これをもって屋号とせよ」と「風月堂清白」の五文字を授けました。
これに喜んだ水野忠邦が当時の名書家市河米庵に白布に「風月堂」と揮毫させ、ここに大坂屋から改名し「風月堂」が誕生いたしました。

六代目大住喜右衛門の実弟である大住省三郎が、1905年(明治38年)に上野風月堂を創業。京橋南伝馬町にあった風月堂総本店は戦後、後継者の夭折が続き休業を余儀なくされましたが、初代大住喜右衛門から続く菓子司としての血は上野風月堂に受け継がれております。上野風月堂は、歴史と伝統を守りながらお客さまに喜ばれる新しい菓子作りを続けております。